金沢大学大学院医薬保健研究域薬学系 天然物化学研究室
○太田 富久;矢萩 信夫;矢萩禮美子;高野 文英
先に本研究室では、Paecilomyces属の昆虫寄生菌であるハナサナギタケの分生子を静置培養して得られる代謝液(PTCF)には、T helper 1優位な免疫応答を誘導する活性があることを見出すとともに、その活性成分の一部は、~35 kDの多糖とタンパクの混合物(糖タンパク)であることを報告した。
さらにこの高分子画分はマウス小腸パイエル板細胞を刺激して、granulocyte-monocyte-colony stimulating factor(GM-CSF)の産生を顕著に増加させる活性も認められた。
そこで、本菌の培養代謝液がGM-CSF産生を促す作用に着目し、高分子画分をさらに精製して得られた15kD糖タンパクをマウスに経口投与して骨髄機能改善効果があるかを調べた。
【P. tenuipes静置培養代謝液の免疫活性成分】
ハナサナギタケ培養代謝液PTCFの凍結乾燥粉末をEtOH沈澱と透析(MV<7.800 D)法により高分子画分に分け、次いでDowexR 50 W x 8 - Cation exchangerカラム吸着後、1Nピリジンで溶出して分画物を得た。
この画分をさらにSepharose CL-6Bゲルろ過カラムに水で通導してFr.1~100を取り、Fr. 20-25をまとめたものを活性画分(PGF)とした。
PGFはゲルろ過カラムPDA-HPLCで分析すると、分子量がほぼ15 kDのRTに単一のピークが認められた。
さらにPGFをトリプシン処理してMALDI-TOF/MS分析すると、m/z [M + H]+ が1243.99~3488.3にそれぞれ11個の明確な分子イオンピークが認められた。
PGFについてフェノール硫酸法およびローリー法により成分分析を行った結果、タンパクが90%以上で炭水化物(多糖)が10%未満を占めていることが判った。
【PGFの貧血予防効果】
次に、C57BL/6Jマウスに100mg/kgの5-fuluorouracil(5-FU)を微静脈注射して貧血を誘発させたモデルを作製し、これにPGFを経口投与して貧血がどのように改善されるかを調べた。
そこ結果、PTCF(100mg/kg/day)およびPGF(1~30mg/kg/day)を経口投与すると白血球数と赤血球数の減少が抑制され、血小板数の異常増加が軽減された。
なお、PGFの単独経口投与は白血球数の改善に対して強い効果をもつことが判明した。
貧血改善に対してPGF単独投与は穏やかな作用しか示さなかったことから、臨床において貧血改善に著効するerythropoietin(EPO: 5 U/mouse/day)とPGFを併用して貧血改善効果を調べた。
その結果、PGFはEPOは5-FUによる貧血をさらに、強く改善させる効果があることが判った。
【PGFのマウス骨髄erythroid lineageに及ぼす影響】
PGF投与マウスから経時的に採血して血球数を調べたところ、貧血改善と白血球数改善は5-FUの骨髄機能障害期(day 12)よりもリカバリー期(day 18~20における効果が顕著であることが示されたので、マウスから骨髄細胞を採取してerythroidの分化系統がPGFによりどのような影響が及んでいるかを調べた。
そこ結果、EPOとPGFを併用したマウス骨髄において、赤血球の前駆細胞集団であるcolony-forming unit(CFU)-erythroidおよびburst-forming unit(BFU)-erythroid mixの形成が増加し、PGFは比較的未分化な赤血球前駆細胞を刺激して貧血を改善している可能性が示唆された。
【PGFのマウス骨髄myeloid lineageに及ぼす影響】
PGFの単独経口投与は、5-FUによる白血球数の減少を抑える効果があることから、myeloid lineageの前駆細胞集団に対する影響についても調べた。
PGF投与後に採取した骨髄細胞をGM-CSF存在下に刺激培養することにより、未投与群から得られたそれに比較して強い前駆細胞コロニー(CFU-GM)の発現が認められた。
このことから、PGFはEPO刺激を要求することなく、白血球系前駆細胞の発現を強く促す作用があることが判った。
【まとめ】
以上のことから、昆虫寄生菌であるハナサナギタケPaecilomyces tenuipesを静置培養して得られる代謝液には、5-FU制がん剤による貧血と白血球数減少を改善する効果があり、その活性成分の一つは15 kDのglycoprotein(PGF)であることが示唆された。
このPGFによる貧血改善効果は、骨髄細胞の中でもmyeloid lineage選択的であり、erythroid lineageに対してはEPOの刺激を受けることにより促される作用機序に基づくことが明らかになった。
このことから、昆虫寄生生成物のPTCFおよびPGFは、がんの化学療法における副作用のうち重篤となる骨髄機能障害を軽減し、現行のがん治療をスムーズさせるサプリメントとして有用であることが示唆された。
現在、PGFのアミノ酸解析と糖鎖解析と併せて骨髄細胞分化・増殖における細胞内分子レベルでの作用機序解析を実施している。