慢性炎症は、さまざまな疾患に共通する基盤病態です
最近の研究により、長期間、体内でくすぶり続ける
「慢性炎症」が、メタボリックシンドローム、がん、自己免疫疾患といったさまざまな疾患に共通する基盤病態となっていることがわかってきた。
例えば、肥満の状態では、肥大した脂肪細胞から分泌される
TNF-α、
PAI-1、
HB-EGFといった生理活性物質が血管や臓器にさまざまな炎症を引き起こすことでメタボリックシンドロームを発症させるといった成果が報告されている。
がん(癌)については、古くから感染症などによる炎症が関与していることが疫学的に知られてきた。
18 世紀には既に、イギリスの煙突掃除人に陰嚢皮膚がんが多いことが報告され、原因としてススに含まれる物質による炎症が疑われていた。
19 世紀に入ると、ドイツのウィルヒョーが、「がんは、何らかの刺激によって組織が損傷し、その局所炎症から生じる」とする説を提唱。20 世紀初頭には、ウィルヒョーに学んだ日本の山極勝三郎が、ウサギの耳にコールタールを塗り続けて炎症を引き起こすことで、人工的にがんを発症できることを示した。
その後、アメリカでは、
局所炎症から抽出した浸出液に腫瘍形成につながる細胞増殖作用があることなども報告された。
ただし、これらは病理学者や生化学者が断片的に研究を行った結果であり、確固たる概念としては確立されてこなかった。
ところが2004,5年頃から、C 型肝炎ウイルス感染と
肝臓がん、ヒトパピローマウイルス感染と
子宮頸がん、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染と
胃がん、住血吸虫感染と
膀胱がんといったように、
がんの症例の一部に感染症が関与していること、慢性潰瘍性大腸炎やクローン病と
大腸がんのように自己免疫疾患による炎症の一部も発がんにつながること、胃液の逆流による逆流性食道炎のような単純な炎症でもがん(
食道がん)を発症させうることなどが、分子レベルで明らかになってきました。
慢性炎症の原因は、感染、外傷、毒性物質の暴露、自己免疫の破綻など様々
「炎症」と聞くと真っ赤に腫れた患部や発熱を思い浮かべますが、このような炎症の多くは「急性炎症」で、比較的短期間に炎症反応が沈静化する点で慢性炎症と区別されます。
古典的には「発赤、発熱、腫脹、疼痛、組織の機能不全を兆候とする病態」が急性炎症だとされています。
ただし、臨床の場で、急性炎症と慢性炎症とを明確に区別する定義はありません。
例えば肝炎では、便宜上数か月で病状が収束するものを「急性肝炎」とし、6ヵ月以上にわたって肝機能の異常が続く場合を「慢性肝炎」としているにすぎません。
多くは
炎症が数年以上にわたって続き炎症部位の線維化(組織リモデリング)、血管の新生、特定の免疫細胞の集積などが顕著な病態を「慢性炎症」としているようです。
このように原因も病態も炎症の継続期間もさまざまな慢性炎症ですが、一部に
特定の受容体を介した細胞間の相互作用、炎症性シグナル伝達経路の活性化、ある転写因子や遺伝子の発現誘導といった共通の分子機構が存在することが示唆され始めています。
そして、
こうした機構こそが発がん(癌)にも関与しているらしいのです。
がん(癌)とかかわる慢性炎症と感染因子
□慢性炎症にかかわりのあるがん
□がんに関与する感染因子
微小環境(ニッチ)と発がん(癌)
一般的な炎症反応には、腫瘍化を促す
「向腫瘍作用」と逆の
「抗腫瘍作用」の双方があるとされていますが、
がんやがん化に向かう微小環境は向腫瘍作用に傾いていることが多いと考えられています。
がんの微小環境中では、まず炎症性サイトカインの代表格であるTNF-αが分泌されます。
この
TNF-αのシグナルが、インターロイキンなどのほかのサイトカインの分泌、発がんを促すことが知られる転写因子NF-κBの活性化、炎症性プロスタグランジン合成酵素COX-2 の発現などを誘導し、多様ながん化のスイッチをオンにするらしいのです。
さらに微小環境中では、がん細胞自身が分泌するさまざまな因子によって、マクロファージや未熟な骨髄細胞などが集められ、こうした
免疫細胞ががん細胞の浸潤、悪性化、転移の誘導に関与していることも明らかになってきています。
但し、がんの微小環境は必ずしも一様ではなく、それが研究を一筋縄ではいかないものにしているのです。
例えば、
TGF-βというサイトカインは、細胞増殖を抑制する腫瘍抑制因子として同定されましたが、後に、
上皮系の細胞を間葉系の細胞に分化転換させる作用(EMT)をもつことや、グリオーマなどの非上皮系のがんに対して向腫瘍作用をもつことなども明らかにされました。
この様に、
がんの微小環境におけるシグナル伝達の解明が進むことを期待しています。
親電子性物質は、環境ストレスを高めます
DNAメチル化異常による発がん