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プロテアーゼは情報伝達システム制御に関係

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漢方医学療法について
プロテアーゼは情報伝達システム制御に関係
組織制御にプロテアーゼ(ペプチド結合加水分解酵素)が重要
組織中での細胞の増殖、分化、死、形態、機能等は、細胞の内部および外部における複雑な情報伝達システムによって制御されています。
そして、その結果が組織および器官の機能として現れます。

組織中での細胞間の情報伝達手段は、増殖因子、サイトカイン、ケモカインなどの可溶性因子に加えて、細胞・細胞間接着、細胞・細胞外基質間接着など多様であり、しかも、それらが相互にクロストークしあって高次の細胞制御システムを形成しています。

細胞内の様々な情報は、タンパク質の機能が、リン酸化、メチル化、アセチル化、水酸化、ユビキチン化など様々な翻訳後修飾系によって可逆的に制御されることにより伝達されます。

タンパク質のプロテオリシス(ペプチド鎖の切断)も重要な翻訳後修飾の一つであり、細胞内プロテアーゼがタンパク質のペプチド鎖を切断することによって不可逆的な機能変換を担っています。

一方で、細胞外の情報を担う分子として、やはり多種類のタンパク質が存在しますが、細胞内の翻訳後修飾系に相当するほど多様な修飾システムは使われていません。

細胞外タンパク質に多く見られる糖鎖修飾も主として細胞内の分泌過程で起こります。
その代わりに、細胞外プロテアーゼが翻訳後修飾系としての主要な役割を担っており、ほとんど全ての細胞外タンパク質を切断することができます。
切断部位の違いやそれらの組み合わせに応じてタンパク質の機能も複雑に制御されます。

プロテアーゼにより、タンパク質の機能に重要な一部のペプチド鎖が切り取られたり、連結されていた機能ドメインを切り離されたりすることで、タンパク質の活性や機能は大きく変化します。

細胞外基質は分子量が大きなタンパク質も多く、複雑なドメイン構造を持っています。
異なるプロテアーゼによる異なる部位の切断によって、いろいろな機能単位を持つ断片を生じることで、複雑な制御を可能にします。

このように、プロテアーゼは組織における細胞外タンパク質の量的・質的制御を担う中心的な分子です。
従って、組織のダイナミックな情報伝達制御システムを正確に理解する為には、プロテアーゼによる基質タンパク質の切断と機能変化の関係が一つ一つ明らかになっていく必要があります。

しかし、そのための簡便で系統だった解析手法は、ゲノミクスやプロテオミクスのようには確立されておらず、それぞれの分子に着目した膨大な研究によって徐々に知識が蓄積されているのが現状です。

細胞外プロテアーゼの種類
細胞外プロテアーゼのほとんどは、活性中心部位の特徴からセリンプロテアーゼメタロプロテアーゼに分類されます。
しかし、一部には細胞内リソゾームの酵素であるカテプシンなどが、がん細胞等の表面上に現れることがあるも報告されています。

セリンおよびメタロプロテアーゼは、進化上保存された共通構造を持つプロテアーゼファミリーに分類されます。
メタロプロテアーゼに属するファミリーにも多数ありますが、マトリックスメタロプロテアーゼファミリー(MMP)、アダムプロテアーゼファミリー(ADAM)、アスタチンファミリーなどは相互に類似したグループに属している代表的な例です。

セリンプロテアーゼも同様にいくつかのファミリーに分類されます。
それぞれのファミリーに得意な基質グループのタンパク質がありますが、多くの場合、基質特異性はそれほど厳密ではありません。

たとえば、細胞外基質タンパク質の分解を担当するのはMMPということになっていますが、MMP以外にもADAM、セリンプロテアーゼ、カテプシンなどもMMP基質に作用することが知られています。
このように基質特異性の比較的広いプロテアーゼがある一方で、特定のアミノ酸配列に対して高い特異性を示す酵素(アイソザイム)も知られています。

これらのプロテアーゼがどのようなタンパク質を基質とするかは、それぞれの酵素の基質特異性に加えて、酵素の発現量、時期、発現細胞、不活性型から活性化への変換を担う活性化酵素、それら酵素の局在場所、インヒビターの存在などによって複雑に制御されます。

プロテアーゼの存在場所を規定する因子として、分泌型プロテアーゼや膜型プロテアーゼの違いは重要であり、分泌型プロテアーゼは発現細胞から離れた遠隔部位でも作用できる特徴があります。

膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(MT1-MMP)は、主としてコラーゲンをはじめとする細胞周辺の細胞外基質(extracellular matrix, ECM)の分解に関与するタンパク質分解酵素です。
特にそのコラーゲナーゼ活性は、細胞の増殖と運動の制御因子として重要であり、骨の形成、癌の増殖と浸潤、血管新生などに必須の役割を果たしている。

MT1-MMP は、その強力な細胞機能制御活性の故に、酵素の発現、活性制御と不活化、局在などきわめて厳密な制御を受けており、その仕組みの解明は、当該分子の機能を制御し、癌をはじめとする治療への応用の糸口を与えています。

多細胞生物の組織は、細胞と細胞外基質によって構成される。
組織の機能は細胞によって担われる一方で、細胞外基質はそれを可能とする場を提供する。
例えば、増殖と死、分化、運動、形態などの細胞機能には、細胞外基質と細胞によって形成される構造的な環境や機能的な相互作用が不可欠です。

また、増殖因子などの様々な可溶性因子をプールする場も提供しています。
一方で、細胞は目的の機能を果たすために、細胞外基質環境を構成成分の産生や分解をとおして管理しています。
この管理機構の不全は癌をはじめとする病態に伴う様々な組織病変で観察され、組織の機能破綻を引き起こす原因となります。
癌細胞の増殖、浸潤、転移など、悪性度の高い性質の亢進はそのような結果のひとつです。


癌細胞と細胞外基質
細胞外基質は、コラーゲンやエラスチン等の線維状の高分子タンパク質、フィブロネクチンやラミニンなどの各種糖タンパク質、プロテオグリカンなど多様な高分子成分を含んでいます。
それらが相互に架橋されたり、他の分子がさらに結合したり間隙を埋めたりすることにより複雑なマトリックス構造ができあがっています。

細胞外基質は上皮の下にある結合組織とその境界面に膜状に存在する基底膜から構成されていますが、それぞれのコンパートメントに存在する分子は異なっています。
基底膜の基本単位となる網目状の構造はIV 型コラーゲンで構成され、IV 型コラーゲンは基底膜に特異的に存在し、間質のコラーゲンが主として繊維状の構造を持つI,II,III 型コラーゲンであるのと異なっています。

基底膜は間質と比較して強固な構造であり、上皮細胞や内皮細胞の裏打ち構造として生体のいたる所に存在しています。
従って、癌化した上皮細胞が組織を浸潤するときにはまず基底膜を壊す必要があり、癌細胞が基底膜を浸潤する能力は転移の指標のひとつとして重要と考えられています。

一方、間質の主成分はI型コラーゲンであり、組織のタンパク質重量の1/3を占めています。I型コラーゲンは、細胞の増殖や運動の足場となるだけでなく、様々なシグナルをも細胞に送り、細胞機能を制御しています。

がんの基礎研究では、がん細胞だけを取り出してデイッシュ上で培養しながら解析が行われることも多い。
これは、細胞外環境を一定に制御しながら、細胞が持つ機能を解析するには優れています。
しかし、生体内においては、がん細胞は様々な細胞外基質や生理活性を持つ分子に取り囲まれて存在するし、がん細胞の機能もそのような微小環境(癌細胞ニッチ)に強く依存しています。

例えば、細胞と細胞外基質と0は、インテグリンやその他の細胞表面の受容体を介して相互作用を保っており、細胞の分化形質、形態、運動、増殖、死などの細胞機能が接着依存性のシグナル伝達系による制御を受けています。

したがって、発癌の初期から増殖期、浸潤・転移の最終段階に至るまで、癌細胞の挙動は細胞外基質環境の影響を強く受けています。

細胞外基質は複雑で多様な成分によって構成されるため、その分解には複数のプロテアーゼの協調的な働きを必要とする。
そこに参加するプロテアーゼのほとんどはメタロプロテアーゼ、あるいはセリンプロテアーゼのグループに属している。

メタロプロテアーゼは活性中心に亜鉛を保持するタンパク質分解酵素の総称であり、ヒトゲノム上には186種類の酵素遺伝子が同定されている。
その中で、特に細胞外基質の分解に関与する一群の酵素をマトリックスメタロプロテアーゼファミリーと呼び、細胞外基質分解の中心的な役割を担っている。

細胞外基質を組織構築に用いる生物にはMMP 遺伝子の存在が確認でき、ほ乳類では現在までに23種類のMMPが同定されています。
細胞外セリンプロテアーゼは直接的な活性で見ると細胞外基質分解の主役ではないが、多くのMMPを活性化する能力を持つことから、細胞外基質環境の強力な制御因子となりえます。

MMP は存在様式の相違から、分泌型酵素と6種類の膜型プロテアーゼ(MT-MMPs)に大別されます。
分泌型酵素は産生細胞から離れて広い範囲で働くことができるので、大規模な組織の再編に適している。

一方で、MT-MMPsは産生細胞の表面に限局して存在することから、細胞の微小環境を改変するのに適しています。
MTMMPのプロトタイプであるMT1-MMPは、基底膜分解酵素として着目されるMMP-2が癌組織を特異的に活性する因子として同定されました。

がんと細胞外プロテアーゼ:特にMMPについて
がんはがん細胞の異常増殖を特徴とした組織の病気です。
進行がんは、しばしば非常に浸潤性が強く、周囲の組織に遊走しながら増殖します。
このようながん細胞は組織間の移動も容易に行い、遠隔転移をする能力も高くなります。

上皮由来のがん細胞が線維芽細胞様の性質を獲得する上皮間葉転換(EMT)を起こすと、細胞間の接着性が低下し、同時に浸潤性が増すことが知られています。
がん細胞の浸潤は組織の破壊と再編を伴っており、そこにはプロテアーゼが関与しています。

実際に、がん組織では様々な細胞外プロテアーゼの過剰発現や活性の亢進が認められています。
このことから考えると、これらのプロテアーゼ活性を抑制してやれば、がんの治療が可能ではないかと考えられます。
実際にこのようなアイデアに基づいてMMP阻害剤の開発が世界中の大手製薬企業によって進められました。
しかし、臨床的に良好な結果を示すことができずにことごとく失敗に終わっています。
なぜでしょうか?ここで、MMPは複数の基質に対して作用することを思い出す必要があります。

プロテアーゼの生理的なアウトプットは切断された基質の機能を反映します。
MMPが基質を切断することによってがんを促進する側面だけが大きく取り上げられて研究されてきましたが、基質によってはむしろ切断された断片が、がん細胞の増殖や転移を抑制的に制御する場合もがあり得ます。

実際に、MMP阻害剤の投与によってがんが増悪した例が報告されていますし、MMP-8についてはがん抑制遺伝子産物的役割も明らかにされています。
従って、多くの基質を持つプロテアーゼを一様に抑制することの効果予測は大変困難だといえます。

それに対して、がんの増殖や転移の促進に働くプロテアーゼと基質の関係が明瞭となれば、その部分に対する特異的阻害剤開発を開発することには論理的根拠があるといえます。


細胞外マトリックスは、がんの増殖に大きく関係
筋組織・神経組織